2025年 1時間50分
オールヴェネツィアロケ・・・またか、前作の『岸辺露伴 ルーブルへ行く』の苦い記憶がよみがえる。
原作通りの舞台設定らしいですが、私は原作未読です。
「だが、面白い、前作とは比べ物にならない」
前作の轍(延々と弛緩した展開)を踏まなかったのはさすがと言いたい。
ただ、欲を言えば冒頭の10分くらいは削ってしまってもよかったとおもう。
観ている時は、そのスローな展開に、
「またか・・・」
となってしまったからだ。
途中でも、尺稼ぎともとれる描写があるので、そこも削れば90分くらいに収まったはず、原作が短編なのだから、それくらいでちょうどよい。
ヴェネツィアの大学で文化交流会に招かれた岸辺露伴(高橋一生)だが、仕事の前に、取材もかねて街を散策する。そして、たまたま訪れた教会の懺悔室に入ってみると、ある男が懺悔を始めてしまう。一瞬、躊躇した露伴だが、すぐに興味の方が勝り男の懺悔を聞いてしまう。男の名は水尾といい、過去に食べ物を恵んでほしいと助けを求めてきたソトバという日本人に、自分の代わりに仕事をすれば食べ物をやるという条件で無理やり仕事をさせるが、ソトバは階段で足を踏み外して転落死してしまう。そして、死んだソトバの怨念が「お前が幸せの絶頂に達したとき絶望を与える」と水尾に呪いをかける。その後、次から次へと幸運が訪れて家庭を持った水尾は、愛娘の遊んでいる姿を見て、不覚にも幸せの絶頂に達してしまう。そして・・・。
ソトバのこの呪い、
「もう、羨ましい」
水尾は言う。
「幸せが訪れるとか幸運に恵まれるとか言いますが、あれは違います襲いかかってくるのです」
こんなことを私も言ってみたい人生だった・・・、
「まだ終わってないですけれどね・・・」
とにかく、そんな呪いなら私にもぜひかけてほしい。
私は物欲人間なので、
「幸せの絶頂に達しない自信がある!!」
それに、もし、絶頂に達したとしても、このまま何もない人生より花開いて死んだ方がいいに決まっている。
そんなことをおもいながら観ていたせいか、ストーリーの先読みに頭が回らなくなり、展開の予想がつかないまま観終わってしまう。
しかし、何も考えずに観る楽しさを久々に味わった。
ストーリーも二転三転して、楽しませてくれる。
ただ、気になったのが、水尾は、
「絶望=死」
と言う考え方をしていることだ。
私がおもうに、
「絶望した先に死がある」
しかも、この死は自らの選択(自殺)であって、その決定権は自分にある。
つまり絶望したとしても死ぬことはない。
とはいえ、そんなことは瑣末なことで、本作が予想以上に面白かったのは収穫だった。
(あくまでも前作「岸辺露伴 ルーブルへ行く」基準です。テレビシリーズは言わずもがな面白いです)
こんなことなら劇場に足を運んでもよかったと後悔している。
岸辺露伴を演じる高橋一生はまさに当たり役だし、その編集者である泉京香を演じる飯豊まりえとのコンビは大好きだ。
本作品を通じて二人が結婚したというのも、本作品のファンとしては大変喜ばしい。
事前情報なしに観たので、呪いをかけるソトバ役が戸次重幸1だとわかった瞬間、
この「ミスター残念」こそ、
「何かの呪いをかけられているんじゃないか?」
と、おもってしまった。
上でも書いたが原作未読のため、まだ原作の話があるのならば、まだまだ続けてほしいし、テレビシリーズでも原作にはないオリジナルの話もあるということなので、
「このまま、この“おかしな“世界観は壊さないでください」
と願わずにはいられない。
- 北海道テレビのバラエティ番組「おにぎりあたためますか?」で、遅刻、忘れ物など数々のやらかしをしている。どうやら私生活でもこの調子らしく、このあだ名がついた。 ↩︎


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