私の気分としては、100点をつけてもいいかな?
だけど、私の基準として、物語中心の作品を軸に考えている。
その点、本作は「会話劇」なので、分けて考える必要がある。
だけど、
「バチクソに面白い」
くせ強めの登場人物に、会話劇特有のテンポの良さ。
「会話劇の完成形」だと私は思う。
「12人の優しい日本人」という最高峰の作品があるが、あちらは陪審新裁判という物語がベースにあるので、二転三転と話が展開する。
本作のようにベースとなる物語がない作品とはちょっと違う。
とある富裕層のアフターパーティでの会話劇。
当然だが、私は富裕層ではないので、富裕層がどんなものか想像もつかない。
しかし、そんな私に親切にも、
「富裕層はこんなんですよ」
とばかりに富裕層ワードを、ちょいちょいセリフに盛り込んでくれる。
「リッツ・カールトン・TOKYOでのパーティー、三菱に内定、トヨタで車の設計をしています・・・など」
なるほど、確かに富裕層の会話だと、素直な私なんぞは受け入れてしまう。
そんな富裕層の人たちだが、しょせん、私と同じただの人だ。
あわよくば人妻を口説こうとするトヨタの男と専務、その専務から仕事をもらうために妻を利用するデザイナー、そんなデザイナーを密かに狙っている専務の妻、それぞれが下心ありありでくりひろげられる喜劇。
そんな喜劇の幕開けは静かに始まる
それは、平岩紙演じる斎藤はる子がパーティーを抜け出して、テラスで夜風に当たるシーンから始まるのだが、画面の中にいる女性は、私のイメージにある平岩紙ではなく、一瞬で男の視線を釘づけにするうよな美しい女性だった。
その変わりように、おもわず感嘆してしまう。
作中でも男性陣を虜にしてしまう魅力ある女性を演じているが、納得しかない。
ただ「毒」をはくシーンでは、私のイメージにある平常運転の平岩紙で少し、ほっとした。
そして、専務の妻、添島和美を演じる石橋けい。
彼女は色気をたたえた大人の女性という役柄が多い気がするが、本作では、自意識過剰にして、嫉妬深い役を演じている。
平岩紙と石橋けいのキャスティングは逆じゃないのとおもってしまう、が、
「それが、全く違和感がない」
もう、監督の手腕によるものか、二人の女優としてのポテンシャルなのか、どちらでもいいが、とにかく私は大満足。
はる子と和美の女同士の戦いも本作の見どころの一つになる。
感情の起伏が激しく高圧的な和美に対して、終始、冷静に相手を小ばかにしているはる子。
両女優のファンである私としてはひやひやしてしまう。
ひやひやするといえば、岡部たかし演じる斉藤雅人。
彼は大病を患い胃の大半を切除して、まだ療養中という設定なのだが、そのせいか頻繁に倒れる。
その倒れっぷりたるや、職人技。
まるで糸の切れたあやつり人形のように倒れる。
しかし、決して帰ろうとせずに何度も立ち上がる姿に感動、
「するわけがない」
ただただ、爆笑するばかりです。
だけど、病気をして妻とは離婚、その寂しさを紛らわすために、誰とでもいいから関わりたいというおもいが、そこはかとなく伝わってきます。
「まぁ、最後は息絶えますけれどね・・・」
そして、息絶えるといえば、この後、大事な取引先を失い社会的に苦しい立場(物語とは関係ないので勝手に予想)になるであろうデザイナーの斉藤太郎。
はる子の夫で、演じるのは古谷隆太。
彼はゲイであり、橋本淳演じる和美の息子である照男(これまたゲイ)と関係を持ってしまうのです。
素っ裸で抱き合いキスをする二人、しかもその姿を和美とはる子に見られてしまいます。
「オワタ」
と、おもわず吹き出してしまう。
オワタといえば、最初からおわっている男、田ノ浦。
演じるのは、師岡広明。
トヨタでプリウスの次の車を設計しているというなんとも羨ましい限りですが、男としては、倒産寸前です。
はる子に想いを寄せる彼は、ことあるごとに夫である太郎に噛みつきます。
しかし、太郎は童貞丸出し(はる子も「童貞くさい」と言っている)の田ノ浦など歯牙にもかけません。
「どうにかして気に入られたい」
その熱いおもいはひしひしと伝わって、
「きません!!!」
キモいだけです。
ひたすらキモい、うざい、これに尽きます。
観ていてこれだけイライラさせられるということは、完全に監督と演じる師岡氏にしてやられたことになりますが、
「負けて悔いなし」
の心境です。


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