いつもと違う車窓に郷愁を覚える私

私の日常

仕事中に”マウンテンクライマー”をしていて、頭を下げすぎて、顎に”いいのを”もらってしまい、一瞬、意識が飛んでしまう・・・そんな私の日常は・・・、

朝の電車の車内、私は”猛烈な眠気”の前に屈しようとしていた、というのも、昨晩は午前2時過ぎまで”ゴールデンカムイ”のアニメを見てしまっていたのだ。

全くもって後悔しかない・・・、

「あー、もう1話見とけばよかった。アシリパが心配だな、こんな状態じゃ仕事どころじゃないぞ、後悔○○ポも立たず・・・、まぁ、そんなことに関係なく、○欲は落ちているケドね」

などと、取り止めのない自虐的な突っ込みを入れながら、私はお気に入りの”iPhone SE3″を取り出すと、おもむろに”Netflix”のアプリを立ち上げる。

そう、私は果敢にも”猛烈な眠気”という名の魔王に“NO”を突きつけたのだ。

私は常々こう思っている、

“NO”と言える相手には“NO”と言え!」

と、だが、決して勘違いをしてはいけない、

社会には確実に逆らってはいけない相手というのも存在するからだ。

・・・、

・・・・・・、

どれくらいの刻が経ったのだろう、どうやら

奮戦虚しく私は敗北してしまったらしい。

まだ意識が朦朧としている。

・・・???

ふと、目に飛び込んできた景色に私は懐かしさを抱いた。

車窓から見える景色は小学生の頃、夏休みの度に行った、おばあちゃん家の、あの景色そっくりだったからだ。

幼かった私は、よくわがままを言って、おばあちゃんを困らせたものだ・・・、いや、違う、おばあちゃんは、毎回、ボケたフリをして、のらりくらりと、たくみにかわし、それでいて的確にこちらの急所を突いてきた。

まさに”蝶のように舞、蜂のように刺す”という表現がピッタリだ。

今思えば、子供相手にも容赦がない人だった。

でも、不思議と怖くはなかった。

そんなおばあちゃんが亡くなって、何十年になるだろう。

私もあの時のおばあちゃんの年齢に確実に近づいている。

時の流れを止めることは、誰にもできない、

この不公平だらけの世の中でも、これだけは、

「平等だ」

しかし、私は、

「時の流れを意識することなく、ただ無為にこの歳まで生きてきてしまった、そして、老いを感じ始めた、今になって、ようやくその大切さに気付かされる」

ふとっ、

「人生にリセットボタンはない」

確か、家庭用テレビゲームが最盛期のころの言葉だったと記憶にある。

しかし、今やゲームもアプリ全盛の時代、リセットボタンそのものがない、つまり、ゲームですら、簡単にやり直すことができなくなっている時代。

なら、もう私の人生は、

「詰んでしまったのか?」

「あきらめたら、そこで試合終了ですよ」

私の心の中の安西先生が、優しく語りかけて来る。

そうだ!

生きている限り、抗い続けなければならない、まだ、遅くはない!

長年の時を刻み込んだこの体、傷つき、くたびれ、ボロボロではあるが、まだまだやれる!

私の心は折れてはいない、いや、折れてなるものか!!

「次は終点、○○、ご乗車ありがとうございました」

瞬間、私の心は真っ二つにへし折れた。

私は通勤ラッシュを避けるために、毎朝、始業1時間以上前に会社に着くようにしている。

しかし、ここは私が降りる駅から、小一時間はかかる。

今の時点で、始業20分前、テレポートの能力でもない限り、不可能な距離だ。

私の社畜人生において、

「遅刻のふた文字は存在しない!!!」

唯一、これだけは自慢できる、事故などの不可抗力なことを除いて、私はただの一度も遅刻をしたことがないのだ。

電車を降りて、その微かに懐かしげな景色に浸っているヒマなどない、私は、なるべく静かな場所を探して歩く。

しかし、始業時間は刻一刻と迫ってくる。

もう、今の私に迷いなどない。

晴れ渡った青空のように澄み切っている、

「一点の曇りもない、パーフェクト・スカイ・ブルーだ」

自分でも何言ってるかわからない。

始業10分前、トイレの個室に飛び込む。

ポケットから、お気に入りの”iPhone SE3″を取り出す、滑らかな手触り、いつ手にしても新鮮な感動を与えてくれる、心が躍るとはまさにこのことだ、この間、ネットニュースで”SE4″が出るとかでないとかの記事を見た。

これまた、ワクワクが止まらない。

“Apple信者”を自称する私としては・・・、

「あっ、おはようございます。妄想です、申し訳ありませんが、体調が思わしくなくて、本日お休みを頂きたいのですが・・・はい、はい、ありがとうございます、失礼します」

・・・私は遅刻をしたことがない、それが自慢だ。

本日のBGM : Breathin / FIVE  NEW  OLD 

このBGMは、話の内容とは一切関係ありません。

ただ、書いている時に聴いていた、というだけのことです。

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