自称”Apple”信者の私 エピソード3

私の日常

仕事中にプロテインを飲もうとして、コッソリ給湯室に行き、シェイカーを振ると、シェイカーの飲み口のキャップが半開きになっていて、盛大にドロドロのプロテインを撒き散らしてしまう・・・そんな私の過去は・・・、

エピソード2で書いた通り”AirPods Pro”を買ってしまった。

人生のパートナー“iPhone”

最高のバディ“AirPods Pro”

を得た私にとって、残すは”Apple Watch”のみとなった。

言うまでもないが、結論から言うと私は“Apple Watch Serice7”を購入した。

これが、当時の最新機種だったからだ。

しかし、そこに至るまでの道のりは想像以上に・・・、

「チョロいものだった」

二年経った今でも、自分に驚いている。

当初は“Apple Watch”など本当に不必要なものだと思っていた。

今時、時計などスマホがあれば全く必要ない。

しかも”Apple Watch”“iPhone”とセットでなければ機能しないときてる。

「オイオイ独り立ちもできないお子ちゃまなんて誰が買うんだ?

そんなものを徹夜で並んで買うなんて、全くこれだから“Apple信者”は」

“Apple Watch” ですか? 持ってるけれど、使ってないです」

会社の後輩はそうのたまった。

「我が意を得たり」

と、ばかり、口もとにうっすらと笑みを浮かべる私。

「やはり無用の長物だったか」

と、勝ち誇ってはいたが、実はもうこの時点で私は“Apple”の術中にハマっていたのだ。

いまさらだが、実のところ私はガジェットオタで、本来はこうしたモノには興味がある、ただ、今までは、

「気にしていなかった」

だけのことだ。

“Apple Watch”のことが気になって、多少なりとも調べてしまった時点で、もう私の負けは確定している。

「鴨がネギを背負って来る」

とは、まさにこの時の私のことを指す言葉だ。

国語辞典の例文として使ってもらって構わない。

「全く、何でみんな大して使い道のないモノを高いお金を出してまでホイホイ買うんだ?」

などと、言いながらも、帰りの電車の車内“Amazon “のサイトでスマートウォッチを検索している私。

「う〜ん、イヤホンの時の教訓もあるし、”安物買いの銭失い”は避けねば・・・」

もう、買う寸前の私。

「同じ過ちを繰り返さない!!」

これは、私の人生の”絶対ルール”だ。

「ポチッッ!」

“AirPods Pro”の時よりも強く大きな音がしたのは、私の錯覚だろうか?

「買ってしまった」

興奮冷めやらぬまま、電車を降りた私は駐輪場に向かい自転車に乗って、出ようとハンドルを切った時、またしてもハンドルにぶら下げていた傘がタイヤとフレームの間に挟まり、またしても転倒しそうになる、が、私はもう学んでいる、すぐさまバランスを取り、転倒を免れる。

「恐るるに足らず」

これから先も何度傘が引っ掛かろうと、私は倒れない自信がある・・・ん? まぁ、いいか。

翌日、私は“Apple Watch”を手にしていた。

毎度のことながら“Amazon”は、

「いい仕事をするなぁ」

と、感心することひとしきり。

ちなみに、私は“Apple信者”になる前から

“Amazon信者”である。

大好きな、”呪術廻戦”も仕方なく”Kindle “で読んでいるし、音楽はもちろん”Amazon music unlimited “で聴いていた、が、その後、

「空間オーディオに対応してない」

と、いう理由で”unlimited”は解約して、

“Apple music”に乗り換えたのは、“Apple信者”としては、当然だろう。

話が逸れたが“Apple Watch”のファーストインプレッションは、

「お、おぅ・・・」

で、ある。

いきなり、おっさんのうめき声で恐縮です。

当然、何のことかわからないと思うが、要は今までのような驚きや興奮は皆無ということだ。

だからといって、買って損したということではない。

そんな“Apple Watch”はスタートダッシュに失敗して最後尾スタートであったにも関わらず、そこからの追い上げも・・・なく、最後尾を平常運転のように、

「我関せず」

と、いった感じで本当にパッとしない、あれば便利だけど・・・。

しかし、2週間ほど経った頃、私はコイツの楽しみ方を掴んだ。

それは、

「フィットネス」

だった。

ムーブ、エクササイズ、スタンドの3項目でそれぞれ、目標を設定してそれをコンプリートできるか、と、いうものだ。

達成する度にバッチがもらえる、つまり、ゲーム感覚で意識的に体を動かすことを習慣化する事ができる。

この頃から、体力の衰えと同時に疲労感を覚え始めていた時だったので、タイミング的には丁度良かった。

ようやく、コイツの使い方を掴んだかに思えた、が・・・、

「私は、現在コイツに支配されている」

“細マッチョ”を目指している私にとって、必要な情報、そして管理、具体的には、消費カロリー、トレーニング時の心拍数、およびタイム計測、水分補給、これら全てをコイツが管理している。

水分補給を怠れば、 

「水飲め、ゴラァ」

座ったままでいれば、

「立って体を動かせ言うとるやろぉ」

と、脅してくる。

しかし、それが・・・、

「嫌いじゃない」

まさか、この歳になって、自分の中の新しい可能性が開花するとは、思ってもみなかった。

「ありがとう“Apple Watch”

こうして、

人生のパートナー“iPhone”

最高のバディ“AirPods Pro”

そして、女王様“Apple Watch”

・・・etc.

こうして、私は“Apple信者”となった。

「どうでもいいわ!!」

と、いう声聞こえてきそうだが、もう、終わるから、もうちょっとだけ、お付き合い願いたい。

最後に私の”Apple愛”が溢れてしまった瞬間の微笑ましいエピソードで締めくくりたいと思う。

私の家族は、

娘が“iPhone”で息子が”Xperia”、元カミさん(願望)が、あーなんだ、あくおすふおん?しらね、どうでもいいや、である。

娘は私の布教活動の賜物で“iPhone信者”だ。

問題なのは息子だ。

コイツは、私のお下がりの”iPad”を日常使いしているくせに、今も頑として”Xperia信者”を貫いている。

我が息子ながらある意味、あっぱれではあるが、どうにも癪に触る。

小学生の頃から、私の“iPhone”を使ってゲームをして“iPhone”に慣れ親しんでいるはずなのに、中学生になり、いざ自分の携帯を買うとなった時、真っ先に選択したのが”Xperia “だった。

ひょっとしたら、亡き父のDNAが・・・、

だとしたら、恐るべし、D・N・A。

そんな息子が、初めて自分のスマホを持てたことで調子に乗って、私の前で“iPhone”をディスってきた、

「ハハハ、お前もまだまだだな・・・」

と、大人の余裕を見せる・・・、

ハズもなく、私の子供として生まれたことを後悔するほどに、叩き潰してやった。

以後、息子は私の前では、“iPhone”をディスるどころか、その単語すら、ほとんど口にしなくなった。

後日、娘と話しているときに、その話になり、どうやら相当に怖かったらしく、軽いトラウマになってしまったみたいだと言われた。

普段から、カピバラ系と言われる草食動物みたいに温厚な私の“Apple愛”が溢れてしまったようだ。

しかし、これはさすがに、バツが悪いと思った私は、

「認めたくないモノだな、私自信の若さゆえの過ちというものを・・・」

と、誤魔化してみる。

「何言ってるのかわからない、黙れおじさん」

と、娘に一刀両断にされてしまう。

無残にも砕け散った私は、自虐的に、

「鎧袖一触とは、このことか」

と、項垂れる。

本日のBGM : Avid(feat.mizuki)/ Sawano Hirokazu[nZk] 

このBGMは、話の内容とは一切関係ありません。

ただ、書いている時に聴いていた、というだけのことです。

コメント